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当別蒸溜所が醸成する「文化」

廃校舎を再生、シングルモルト一本勝負

「食とウイスキー」で地域価値を高める


 北海道当別町に新たな蒸溜所が誕生する。舞台は廃校となった旧弁華別小学校だ。歴史的価値を持つ木造校舎を蒸溜所に再生し、唯一無二のウイスキー製造に挑む。さらにウイスキーとコース料理のペアリングを通じて、食文化の新たな地平を切り拓こうとしている。


 同所を運営する(株)Whisky Studentの田中隆志社長に、ウイスキーを通じた観光や地域再生への取り組みを聞いた。


当別蒸溜所 外観イメージ
当別蒸溜所 外観イメージ

―当別蒸溜所を立ち上げた背景は。


 当別蒸溜所は2025年7月に着工し、翌2026年3月に竣工を予定している。製造開始は同年8月で、初版ボトルは2029年に完成する見込みだ。販売開始は2030年ころになる。


 最大の特徴はシングルモルト一本に特化する点だ。多くの新興企業がジンやリキュールを併産して早期収益化を図る中、あえて一本に絞り込む。「待つ戦略」でブランドの純粋性を前面に打ち出し、独自の市場ポジションを確立する。


当別蒸溜所 内観(イメージ)
当別蒸溜所 内観(イメージ)

―拠点として旧弁華別小学校を選んだ理由は。


 2016年に廃校した弁華別小学校は、広大な敷地に、「ハーフティンバー様式」というヨーロッパ風木造建築の校舎を備えている。文化的価値のある建物を保存・活用することで、地域資源を再生・維持したい。

単なる製造拠点ではなく、文化的シンボルとして「訪れる価値のある蒸溜所」をつくりたい。


 蒸溜所以外の建物の利活用方法はまだ決まっていないが、当社によるビジターセンタの運営や、カフェやレストランを誘致するなどの構想を描いている。いずれにしても、地域振興や観光に寄与できる場を提供する考えだ。


―独立に至った経緯は。


 前職の厚岸蒸溜所は、立ち上げから参画させていただき、素晴らしい経験を得た。ただ、あくまで製造の一部に関わったという認識だ。一から計画を立て、資金調達をした上で、ウイスキーの仕込み、熟成管理、製造に至るすべてを手掛けたかった。「私の造ったウイスキー」と胸を張って言える一本をつくることが、長年の念願だった。



(株)Whisky Student 田中隆志社長
(株)Whisky Student 田中隆志社長

―ウイスキーに惹かれた原点は。


 きっかけは小学生の社会科見学だった。瓶詰め工場で大麦がモルトウイスキーへと変わる工程について説明を受け、その奥深さに魅了された。大学は農学部に進学し、酵母や発酵の研究に没頭した。


 卒業後は建設コンサルタント会社に勤務し、環境調査や化学分析に従事していた。この経験が品質管理のスキル獲得に直結した。


 その後、厚岸町の蒸溜所立ち上げに携わり、製造・開発などの現場経験を重ねた。「自分の蒸留所を持ちたい」という夢は、こうして具体化していった。


―新しい取り組みについて。


 当社は「食とウイスキー」の融合を戦略のひとつと位置づけている。

 当別蒸溜所建設工事の決起集会では、前菜からデザートまで、各皿に異なる銘柄のウイスキーを合わせるペアリングを実施した。料理を最も引き立てる銘柄、グラス、温度、割り物などを徹底的に追求し、一杯ずつ提供した。こだわりのマリアージュに、参加者からは驚きと高評価を得た。


 従来、ウイスキーは食中酒としての評価はけっして高くない。しかしこの試みが、新たな需要の創出につながればと期待する。


―将来的な展望は。


 北海道は寒暖差と豊富な水資源を備えている。麦の生産も盛んで、ウイスキーづくりに必要な泥炭や樽材のミズナラにも恵まれている。つまり世界水準のウイスキーづくりに適した土地と言っても過言ではない。地の利を生かし、生産に邁進したい。


 また当別蒸溜所は「学び続ける蒸溜所」の理念を掲げ、研究者や職人と協働しながら独自の文化醸成を追求する。廃校の再生によって地域に人流を生み出し、まちづくりとウイスキ

ー文化普及の両立を目指す。

 シングルモルトの純粋性と食文化との融合、この二つの軸で市場に挑む構想だ。


略歴

 田中隆志(たなか たかゆき)札幌生まれ。札幌北高を経て北大農学部卒。建設コンサルタント会社を経て、2016年から厚岸蒸溜所に勤務。2024年10月に株式会社Whisky Student創立。

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